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ぬる湯

ぬる湯とは?

古湯・熊の川温泉郷は、約38度のぬるめの泉温とぬるぬるした心地良い肌触りという特徴から、「ぬる湯」と呼ばれています。

地元の人の「ぬる湯の入り方」

地元の方はその「ぬる湯」にどのように入られているのか、聞いてみました。
「私はほぼ毎日、仕事が終わってから、ゆっくりとつかります。まず、ぬるいほうの湯船に入ります。手足を前に伸ばして、風呂友達と世間話しをしながら、50分間ゆったりとくつろいで入ります。このとき、湯気を吸うのも体にいいのかなと思います。そして、上がる前に10分間、熱いほうの湯船に入ります。これを数十年間やっていますが、この間、風邪ひとつ引いた事がありません。ぬるいお湯なので長い時間入る事でき、体の中から、ぽかぽかして、本当に芯から温まります。冬場でも、すぐに体が冷える事はありません。この近くでは、腰が曲がったお年よりもあまり見かけないような気がします。」

古湯温泉

歴史

 古湯温泉は、佐賀駅の北方20km、標高200mの山峡にあって、昭和41年7月、厚生省から、「古湯・熊の川温泉郷」として、国民保養温泉地の指定を受けている。
 泉暦も古く、画家の青木繁やアララギ派の総帥として、日本歌壇の最高峰といわれた歌人の齋藤茂吉ら諸先生の曽遊の地として知られている。
 「いで湯のいわれ書き」という古文書によると、人皇七代孝霊天皇の72年、中国の「徐福」が、奏の始皇帝の命を受け、不老長寿の霊薬を求めて、佐賀郡諸富町寺井津浮盃に上陸し、金立山に辿り着き、北山の翁として、浮世を忘れて暮らしているうち、或る日、「湯の神」が現われ、翁にむかって「この山中の西北あたりに、黄金の霊が湯となって湧出するところがある。必ず行ってその源をうがち、これを広めて多くの人を救われよ。」と告げて雨雲をかきわけて消え去った。
 やがて、翁は春草の山道を踏みこえて谷川のほとりにたどり着き、緑の苔むす岩間から油のように湯が沸き出ずるのに行き当たった。翁はこれこそ神のおひき合せだと大いに歓び、そのほとりに、ささやかな庵を建て「湯守り」となった。以来、幾多の荒廃、再興を繰り返しながら、古湯権現山の実相法師らにより守られてきたそうであるが元禄の大地震で城山が崩れて、温泉が塞がってから88年を経て、寛政3年(1791年)の春、古湯村の住人稲口三右衛門が、小田の水道に鶴が脛を浴して数日の間に、傷が癒えて飛び去ったのをみて、不思議に思い、指を入れて水を試したところ、少し温かったので、鍬を携えて再び水道に来て、辺りを掘ったところ、その中から古い松角1個が出てきた。この松角は、往昔、浴室を修繕した木材であったから、たちまち温泉が湧き出てきた。そこで稲口三右衛門は、清存法師と相謀り、村人と協力して浴室を再興した。この温泉を「鶴の湯」と呼び、後に「鶴霊温泉」と称した。
 また、勅使の座主、川上実相院の高僧英竜僧正が創堀した温泉が「英竜泉」で、現在、古湯温泉センターに掲げてある偏額「英竜泉」は、同僧正の真筆であり、センターの前庭に祀ってある「薬師如来」も英竜僧正の勧請によるものである。 古湯権現山には「徐福」を湯の神として祀る木像が、また鶴霊泉、英竜泉の湯元にも、それぞれ再興に貢献した人の像が「湯の神」として祀られている。 昭和63年、富士小学校校庭の一隅にボーリングして湧出した泉源に、「徐福泉」と名付けて、湯の神「徐福」の人徳を偲んでいる。

温泉の泉質

アルカリ性単純温泉(低張性アルカリ性温泉)
 無色、無臭、無味、水素イオン濃度(PH)9.5は全国屈指です。ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、ヒドロ炭酸イオン、硫酸イオン、塩素イオン、ヒドロメタ珪酸イオン、その他多数のイオンを含み、肌触りが柔らかく、癖がなく肌への刺激が少ないのが特徴で、温泉の成分としては全国的に優秀な温泉です。

※吉花亭は単純弱放射能温泉

温泉の適応症

  • 浴用
    慢性リュウマチ、神経痛、神経炎、骨及び関節等運動機能障害、
    外傷性障害の後治療、疲労回復
  • 飲用
    神経衰弱、ヒステリーの興奮型、脳溢血後の半身不随、不眠症、
    小児マヒ、動脈硬化症(軽症)

熊の川温泉

歴史

 熊の川温泉は、大同元年(806年)僧空海が唐から帰国、全国行脚の途中弘仁12年(821年)この地を訪れ、水鳥の水浴するを見て、温泉を発見した。と伝えられている。
 その後、水没、再興をくり返しながら、今日に至っているので、泉暦も古く最も親しまれた温泉であるが、文献に乏しく全ぼうを知ることは難しい。しかし、中世時代に、洪水で埋没したものを、廷宝時代(1673年~1680年)に、ときの大庄屋山口金右衛門が、再興したと伝えられている。
 その後しばしば火災に遭い、明治12年(1879年)に、村有として浴場の改築を行ない、洪水ごとに被害をくり返していたが、明治40年(1907年)に、大規模な改修をして、温泉の面目を一新した。
 この温泉は、佐賀市から16kmの北方に在って地の利を得ている点条件がよい。 中国の政務院副総理、中国科学院長など歴任した郭沫若先生が、かつて、大正12年(1923年、今から78年前)に、九大医学部を卒業しその翌年の大正13年妻子5人を連れて滞在されていたことで有名である。
 郭沫若先生は、この地で「行路難」を著されている。またマルクスの研究にも没頭されて、だんだん左翼化されていったそうである。 熊の川温泉から川上川上流1km北方の地に、雄淵・雌淵公園があり、昭和57年10月、郭沫若先生記念碑を建てて、中日友好に尽された功績と人徳を賛えている。
 昭和41年7月、厚生省から「古湯・熊の川温泉郷」として、国民保養温泉地の指定を受けている。

温泉の泉質

単純弱放射能泉(低張性アルカリ性温泉)
 無色、無臭、無味、水素イオン濃度(PH)9.3、ナトリウムイオン、カリウムイオンカルシウムイオン、塩素イオン、硫酸イオン、炭酸水素イオン、炭酸イオン、その他多数のイオンを含み、温泉の成分としては全国的にも貴重な放射能泉です。

温泉の適応症(泉質別適応症)

  • 浴用
    痛風、動脈硬化症、高血圧症、慢性胆嚢炎、胆石症、慢性皮膚病、慢性婦人病
  • 飲用
    痛風、慢性消化器病、慢性胆嚢炎、胆石症、神経痛、筋肉痛、関節痛
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